書籍「仏事・仏壇がよくわかる」を全編公開

第5章(2) 「永久仏壇」誕生

【4】「永久仏壇」誕生

筆者は仏壇屋 滝田商店の3代目です。店の裏にある両親の家には立派な金仏壇があり、子どものころから毎日、仏壇に手を合わせて育ってきました。結婚して家を出たあとも、毎日、実家の仏壇に手を合わせていました。著者自身の家には仏壇が置いてなかったからです。
しかし、平成12年、父が肝臓がんで急死したとき、著者自身の住まいにも仏壇を置き、毎日、父と対話をしたい、と思いました。

どんな仏壇がいいのか考えたとき、住まいには畳の部屋がないので、実家のような金仏壇は合いません。仏壇を置く場所は家族が集まる洋間のリビングルームしかないので、小さい唐木仏壇か家具調仏壇にしようと思い、さっそく探しはじめました。
まず、筆者の店に陳列してある仏壇を見ましたが、ほしい仏壇はありませんでした。あわてて全国のいろいろな仏壇メーカーからパンフレットも取り寄せて検討しましたが、リビングルームに合う気に入った仏壇がひとつもなかったのです。
仏壇屋なのに、ほしい仏壇がない、これはかなりショックなことでした。

ほしい仏壇が無ければ、つくるしかありません。わが家のリビングルームはせまいので、大きな仏壇は置けません。小さくても材質だけはしっかりとした仏壇があればいい、と思いました。
「リビングルームにも合う小さくて材質が良い仏壇」をつくってほしいと、父の時代から職人として手伝ってもらっている塗り職人の山縣英夫さんと木工職人の置栖忠明さんに相談しました。
「子孫の代まで残せる、リビングルームに合う仏壇」というコンセプトのもと、総無垢材をつかった本物の仏壇をつくることが決まり、永久仏壇の製作がスタートしたのです。
しかし、いままでとはまったく違う仏壇をつくるには生みの苦しみがありました。バラバラに分解組立ができる構造にするにはどうしたらよいのか、スリ漆塗りはどう塗るのが一番よいのか、塗り職人の山縣さんと木工職人の置栖さんが協力して、いくつもの試作をつくってくれました。
まさか「永久仏壇」が完成するまでに3年近くもかかるとは想像もしていませんでした。本物をつくるにはそれほど時間がかかるものなのです。
完成した永久仏壇をわが家のリビングルームに置いて、家族みんなで手を合わせました。手を合わせながら、父が高い技術を持った職人を育ててくれたおかげだと、あらためて父に感謝しました。

仏壇店の使命のひとつに、伝統工芸の継承があります。父の遺志を継いで、これからもすばらしい高い技術と志を持った職人を育てていきたいと思います。
最近は身近な人が亡くなったとき、仏壇購入を考える人が多いですが、仏壇は本来、子孫に受け継がれていく大切なものです。子孫に残せる自慢できる大切なものとして100年以上は使える仏壇「永久仏壇」を考えたのです。
小さくて材質がよい仏壇なので、将来、子どもが別の場所で生活することになっても、永久仏壇だけはも持っていってくれる、そんな仏壇だと確信しています。

「滝田商店の歴史」

仏壇屋 滝田商店は東京浅草の東京メトロ銀座線「田原町」駅から徒歩2分のところにあります。このあたりはずらりと仏壇店が並ぶ仏壇の街です。購入するときは最低3軒の店をまわったほうがよい、とアドバイスしていますので、仏壇を探すには絶好の場所です。
滝田商店はこの地で大正2年、創業者、滝田藤次郎が仏壇職人に桑やケヤキなどの堅木材で良質な仏壇をつくらせたときにはじまり、筆者で3代目となります。
東京の仏壇職人は江戸指物師の流れを汲み、銘木の持つ味わい深い優美さを生かした仏壇をつくりつづけてきました。滝田商店は100年近く、この地で店を構えています。消費者の信頼を得ている仏壇店だと自負しています。

仏壇店は仏壇を売る店ですが、売ったら終わりではありません。「仏壇を売りっぱなし」にしないことも大切な仕事なのです。
良い仏壇はボロボロになっても修理をすれば、新品同様に生まれ変わる商品です。買い替えたいと訪れる方の仏壇のなかには、現在の職人ではできないようなすばらしい伝統工芸の仏壇であることがあります。買い換える前に修復できるかどうかをみてから判断するようにしています。
買い替えたほうがよいと判断したら、古い仏壇は引き取って、供養処分します。仏壇店は単に仏壇を売るだけではないのです。

仏壇は家族の歴史を語る家の宝です。仏壇と仏壇店との付き合いは家族よりも長くなるときもあります。
良い仏壇をつくるために、仏壇のアフターサービスをきちんとするために、滝田商店は「仏壇につくり手の真心を宿す」ことをめざしています。

【5】AQ仏壇工房から生まれた「永久仏壇」

永久仏壇をつくるAQ仏壇工房は、永久仏壇の「永久」と「Advanced Quality」(高品質)の頭文字AQからつけられています。
AQ仏壇工房は日本の伝統工芸の知恵と技術をいまに生かしたい、その伝統工芸をまもりたいと考え、立ち上げた工房です。
自然の与えてくれた素材と匠の技を融合させた仏壇をつくるには、職人の技が必要です。筆者は特に江戸で開花した江戸指物師の工芸技術を次世代に残したいと考えています。指物師とは、棚やタンス、机などをつくる職人のことで、大工から分化した職業で、仏壇もつくっています。

もうひとつ、次世代に伝えたいものが、毎日、仏壇におまいりすることで、先祖への感謝の気持ちや供養する気持ちを育んできた文化です。
すばらしい匠の技が詰まった仏壇を毎日、おまいりすることが、日本の伝統を次世代に伝えていくことになるのではないでしょうか。
日本の伝統工芸にこだわってつくった仏壇が「永久仏壇」です。永久仏壇というネーミングは、100年200年と永久に使える仏壇の意味を込めています。木材からつくり方、塗り方すべてにこだわってつくった仏壇です。
永久仏壇の「こだわりの三要素」は、総無垢の木材を使うこと、スリ漆塗りであること、再生修理が容易にできることです。そのひとつひとつを紹介しましょう。

1.総無垢

永久仏壇は総無垢でつくられています。最近つくられている従来型仏壇に、総無垢の仏壇はほとんどありません。大量の銘木が必要となるので、手に入れるのが大変なうえ高価なので、芯材に合板を使い、表面に銘木を張り付けてつくられています。
永久仏壇は合板を使うようなごまかしではなく、本物を追求しているので、総無垢をつかっています。
仏壇の銘木といえば、古くから黒檀や紫檀が有名です。しかし、どちらも重い感じがするので、リビングルームに合う銘木として北米産クルミ科の広葉樹、ウォオールナットを選んだのでした。

ウォオールナットは「木の宝石」ともいわれる世界随一の銘木で、古くから世界の高級家具に用いられています。しっとりと落ち着いた色と重厚な美しい木目を持っています。強靭で、木材としてつかっても狂いが少なく、耐久性に優れた銘木です。
永久仏壇をつくるために、樹齢100年のウォールナットを丸太のまま輸入しました。丸太を日本で製材し、そのなかから良い材料だけを選んでいます。何度でも再生修理ができるように、材木は38ミリの厚さに製材し、30ミリまで削って仕上げています。かなり厚みがあるのです。
無垢の木材は生きつづけています。そのため、無垢材は十分に乾燥させなければなりませんが、どのように乾燥させるのがよいかを考えて乾燥させています。さらに、それを加工製作するには高度な技術が必要です。
本物の仏壇をつくるには、腕の良い職人と時間がかかるのです。

加工製作には父の代からの木工職人、置栖忠明さんが担当しています。
「毎日、毎日、木と真正面から取り組んでいます。木は正直ですから、ていねいに扱えば、言うことを聞いてくれますが、荒っぽく扱えばそっぽを向きます」
こう語る置栖さんによれば、木は伐採され製材されたあとでも、いつまでも生きつづけているので、時間が経つと、曲がったり縮んだりするといいます。その状態を木を扱う職人は「木が動く」というそうです。
木に癖があるので、木の動き方もそれぞれ違います。平らなところに1本だけ生えて、まんべんなく太陽の光があたっている木は、素材として全体的に均一で安定していて、職人にも使いやすい木です。しかし、そんな木はほとんどありません。森や林に生えているほとんどの木は少しでも太陽の光にあたって伸びたいと、他の木々と競争するように太陽に向かっています。

木は太陽だけではなく、雪や雨、暴風などあらゆる自然に影響されて育っているので、木1本1本、癖が違うのです。木工職人は扱う木の癖をよく知り、良い部分を引き出すことから仕事が始まるのです。置栖は語ります。
「新しい木と出会うたびに、どうやって付き合っていこうかと心を砕きますね。木と真剣勝負をしていると、木の性質がわかってきます。木の良い部分を引き出して、うまく生かしてやるのが私たち職人の大切な役割です。
木の性質を把握してから、総無垢の材質にふさわしい構造はどうつくったらいいのか、いくつも試作品をつくって、ようやく完成させることができました。仏壇のなかに木の良さが蘇ったときの喜びは最高ですね」
総無垢の仏壇は、木の吟味から乾燥、加工から製作にいたるまで、木の素材を生かした仏壇のことなのです。

2.スリ漆塗り

総無垢の木の命を生かすのがスリ漆塗りです。木はどんなに丈夫でも汚れがシミになるので、表面は塗装することになります。リーズナブルな仏壇はウレタンやラッカーなどの化学塗料が塗装してあります。新品のときは良いのですが、だんだん劣化してきますので、キズや汚れが目立つようになります。塗りなおしも時間がかかってむずかしいという難点があります。
漆にこだわるのは、最高の天然塗料である漆に勝る塗料がないからです。漆は木の素材感を損なわずに木目の美しさを際立たせます。しかも、時が経つにつれて硬くなり、しっとりと落ち着いた光沢がでてきます。さらに、表面強度や耐久性も増してくる優れものなのです。

そんな漆の特徴をうまく引き出す技法が伝統の技であるスリ漆塗りです。木地に和紙を使って漆をすり込み、拭き取る作業を4~5回繰り返します。スリ漆塗りは、漆が木の導管にまで入り込むので、木目の美しさを際立たせます。しかも、木の呼吸を止めずに生かしてくれるのです。
もうひとつ、スリ漆塗りのすばらしい点は、永久仏壇の名前にふさわしく、古くなってキズがついたり、漆がはがれてきたら簡単に塗りなおすことができることです。塗りなおした仏壇は新品時の状態に戻ります。さらに、最初の塗りでは出せなかった深い味わいが出せるのです。
30年に1度くらい塗りなおしていけば、100年以上は使える最高の塗り方なのです。

3.再生修理が容易にできる構造

100年以上使うには再生修理ができなければ、美しさを保つことができません。どんなに頑丈につくられたものでも、毎日使っているうちに、汚れが目立つようになり、キズがつくこともあります。それを30年サイクルで修理をしていけば、100年以上は使えるのです。
新品同様に仕上げるには、漆の塗りなおしは欠かせません。漆を塗りなおすには、仏壇をバラバラに分解する必要があります。
そこで、胴突き・抜きほぞ・クサビ止めという伝統的な匠の技を使いました。これは釘などを使わずに組み立てるつくり方です。組み立ててつくることで、分解組み立てが容易にできる構造になったのです。
分解組み立て構造にしたことで、何度でも再生修理ができ、はじめて、100年以上つかうことができる永久仏壇になるのです。

「職人、山縣英夫氏に聞く―仏壇には様式美があります。永久仏壇も時間をかけて成長させたい」

山縣英夫さんは永久仏壇のデザイン・構造を考えた方です。漆職人の山縣さんがなぜ、デザインと構造を担当することになったのでしょうか。
漆職人の家に生まれた山縣さんは高校卒業するころにはすでに漆職人として一人前でした。その後、工芸の修行もし、仏壇製作から漆塗りまでひとりでできる日本でも数少ない職人になった方です。だからこそ、永久仏壇のデザイン・構造を手がけることもできたのです。
「仏壇をつくるならば、時間が経つにつれ美しくなるものをつくりたいと思いましたね。キズでさえ美しく見え、家族の思い出となるような仏壇。それには総無垢の木を使い、漆を塗る。そして、再生修理ができる単純な構造にする。この三要素が欠かせません。
問題はデザインでした。仏壇は鎌倉初期から形が変わっていません。様式に力があったから1000年もつづいてきたと思います。1000年ぶりにデザインを変えるとなると、デザインに相当、力がないと伝統に負けてしまいます」

山縣さんはデザイナーがデザインするモノは、モダンで一見、美しくみえますが、100年200年のスタンスで考えるとき、年月に耐えられるだろうか、と思うそうです。
「仏壇には職人がつくりあげた様式美があります。デザイナーがデザインしたものではなく、何人もの職人がよりいいものをつくろう、という気概でつくりあげた美があるのです。だからこそ、1000年つづいてきたと思うのです。
それを変えるには相当な理由がなければ、従来の仏壇に負けてしまいます。相当な理由とは『美しい仏壇』です。美しい仏壇にするために、デザインをしないで、山や川などの自然を思いながら、自然とできあがってくるようにつくりあげていきました。時間がかかりましたね。
時間が経つにつれ、だんだん美しくなる仏壇、キズが『美』に変化する、そんな仏壇にするには、総無垢材を使い、漆を塗ることが欠かせないのです。
単純な構造で、いつまでもあきがこない、上品な仏壇をめざしてつくったのが永久仏壇です。この永久仏壇は『はじまり』にすぎません。今後、優秀な多くの職人が分業、協業しながらつくっていくうちに、さらにすばらしい仏壇に成長していくことを願っています。それが本物なのです」

山縣さんの思慮深い職人魂には感服するばかりです。

書籍「仏事・仏壇がよくわかる」

本記事は書籍「仏事・仏壇がよくわかる」からの転載です。

著:滝田 雅敏