書籍「仏事・仏壇がよくわかる」を全編公開
第4章(1) ご先祖様を日々お祀りする
【1】毎日おまいりすることで、深まる思い
仏壇・仏具を購入し、住職による開眼法要も終わったら、毎日、仏壇の前に座っておまいりをすることが供養になります。筆者は小さいころから毎朝、仏壇の前に座らされ、意味もわからずに、おまいりをしていました。
よく覚えているのは、親戚などからいただき物をもらうと、まず仏壇にお供えをしてから、いただくということが慣わしだったことです。お供えをしたあとに食べられることを知っていたので、進んで仏壇のところに持っていったものです。
卒業証書をもらったときも、両親は仏壇の前に置いて、先祖に報告をしていました。いつも仏壇が身近にあったのです。しかし、20代の前半くらいまでは、どこか義務感のような思いでおまいりしていました。
毎日、自然とおまいりができるようになったのは、子どもが生まれてからです。一家の長としての責任を感じるとともに、命のつながりを強く意識してから、仏壇の前で手を合わせることが自然とできるようになりました。毎日、おまいりを続けているうちに、仏壇とともに生活している感覚がめばえ、いまでは筆者の心のよりどころになっています。
仏壇・仏具は購入するだけで終わるものではありません。購入してから毎日おまいりするという、仏壇との長い付き合いがはじまるのです。
毎日おまいりするために、仏壇に供えるものがあります。どれも意味があって重要です。ひとつひとつを紹介しましょう。
【2】仏壇に毎日、供えるものは?
香をたき、花を飾り、灯明を照らし、お茶や水、ご飯やお菓子、果物を供えます。
それは本尊や故人、そして先祖と共に生活をすることを意味し、仏教では「供養する」といいます。
1.香
仏壇には必ず、香炉が供えられ、そこで線香などをたきます。香は仏教では重要なもので、おまいりするときには必ず供えます。
線香の香り煙は部屋のすみずみまで行き渡るところから、仏(ほとけ)の慈悲が誰彼の区別なく与えられることをあらわしているといわれています。また、その香りがおまいりする人の身も心も清めてくれます。線香で清められた清浄な心で仏壇におまいりするのです。
仏壇に供えるお香は、いまでは線香が一般的で、焼香は法要を行うときに使われますが、ほかにも抹香、香木などがあります。
線香には長い線香や短い線香、渦巻き型の線香、コーン型の線香があり、香りもさまざまです。白檀や沈香などをおもな材料とした伝統的な香りの線香。スズランやラベンダーなどフローラル系の線香。最近では、気密性の高い住宅が増えたため、微香性の煙の少ない線香も人気があります。自分の好みに合った線香を選べばよいでしょう。
焼香は香木や香原料を細かく刻んだもので、抹香は細かい粉末のお香です。一般には普段のおまいりには線香を使い、法要のときには焼香を使います。
線香はロウソクの火から点火し、香炉に1本ずつ立てます。本数は宗派で違いますが、1~3本が基本です。浄土真宗は線香を立てずに、適当な長さに折って火をつけ、香炉に寝かせます。
線香を消すときは口で吹かずに、手であおいで消します。ロウソクも同じです。人間の口は、とかく悪業を積みやすく、けがれやすいものなので、仏さまに供える火を消すには向かないからです。
「お香文化」
線香の産地として知られる淡路島は、お香の発祥の地となっています。595年に淡路島に香木「沈香」が流れついたとき、当時の人々はまだ香木と知らなかったため、燃やし始めたそうです。その煙があまりに良い香りだったため、朝廷に献上したとされています。
当時の朝廷は推古天皇の時代で、聖徳太子が摂政をしていたので、香木は聖徳太子のもとに届けられたといわれています。仏教に理解のあった聖徳太子は「これこそ南国の仏国の香木である」として、香木で観音像を彫り、仏前で余材を燃やして供養したという伝説が残っています。
奈良時代になると、遣隋使や遣唐使などが盛んになり、大陸との交流が深まるとともに、香木が日本に入ってくるようになってきました。そのなかで、香木としていまも知られているのが、正倉院に所蔵されている「蘭奢待(らんじゃたい)」です。この香木には足利義政、織田信長、明治天皇が切り取ったという付箋がつけられているそうです。時の権力者も香木の魅力には勝てなかったようです。
平安時代は貴族のあいだで、お香文化が流行しました。お香が仏前供養だけに行われるのではなく、お香そのものを楽しむようになったのです。「空薫物(そらだきもの)」といって、部屋にを良い香りをみたしたといいます。現代のアロマブームをおもわせます。どの香を身につけているかで、貴族の趣味や人柄がおしはかられたといいます。
室町時代になると、香道が生まれます。香道とは香木をたいて、その香りを鑑賞する芸道で、御家流、志野流などがあります。香木1本をたくのではなく、小片にして、いくつもの香りを楽しんでいました。
江戸時代になると、徳川家や大名家のあいだで、香木の収集が流行していたそうです。香の作法も江戸時代に確立され、現在の香道に引き継がれています。
日本人は昔から香を楽しんでいたのです。
2.花
花は仏の慈悲をあらわしているといわれています。美しい花であれば、どんな花でもかまいません。故人が好きだった花を飾ってもよいでしょう。心を込めて飾ることが大切です。
ただ、においのきつい花はふさわしくないといわれています。造花もふさわしいとはいえませんが、どうしても生花を用意できないときは仕方ないでしょう。できるかぎり、新鮮な花を供えましょう。
毎日水を取り替えて、花を長く美しく保つことがよいとされています。早め早めに新鮮な花に取替えましょう。
花の正面がおまいりする人に向くように供えます。花で飾られた本尊に対面することで心が清められるといわれています。花を枯れかかったままにしておくと、おまいりする人の心が清らかにならないので、新鮮な花を供えるようにしましょう。
五具足で飾るときは花立が対になるので、花も左右、同じになるように飾ります。
3.灯明
灯明は仏壇を明るく照らすだけではなく、仏の智慧(ちえ)をあらわしているといわれています。また、灯明は煩悩の闇を消す功徳があるともいわれています。灯明は仏や祖先へのもっとも大切な供養のひとつです。
ロウソクは仏教の伝来とともに日本に入ってきました。当時のロウソクは蜜蝋といって、蜂蜜からつくったものでした。遣唐船が廃止されると、蜜蝋が手に入らなくなったので、櫨(はぜ)の木から蝋を採取してつくるようになります。これを和ロウソクといって、いまでは専門店でないと手に入らない高級品です。
ロウソクが庶民の間にも広まるのは明治時代です。パラフィンを使った洋ロウソクが輸入され、日本でも大量生産ができるようになってからです。
ロウソクはマッチや専用のライターなどを使って火をつけます。使い終わったマッチはマッチ専用のマッチ消しに入れて捨てます。
ロウソクの火を消すときは、息を吹きかけて消すのではなく、線香と同じく、手であおいで消します。
最近では安全という点から、電球の灯明を使うことも多くなっています。
4.お茶、水
茶湯器を使い、お茶か水を毎朝供えます。家族が飲む前の最初のお茶を供えるとよいでしょう。水は本来、清浄な場所から汲んで供えるものですが、現在は水道水でかまいません。
浄土真宗では、原則として仏壇にお茶や水は供えません。
5.ご飯
仏飯器を使い、炊きたてのご飯を家族が食べる前に供えます。毎朝炊かない家庭は、炊いたときに供えるとよいでしょう。
仏壇に供えるご飯を「お仏飯(ぶっぱん)」といい、あとで捨てずに家族でいただきます。
6.お菓子、果物
お菓子や果物などは、高月や小皿を用いて供えます。季節の初物や、故人の好物を供えてもいいでしょう。また、いただき物のお菓子や果物は、まず仏壇に供えるようにします。
7.霊供膳
命日やお盆、お彼岸には、霊供膳を用いて精進料理を供えます。
「合掌」
日本人はお寺や神社の前では自然と手を合わせています。人に何かを強く頼むときも手を合わせてお願いします。「合掌」は日本人の生活にしっかりと根付いています。
いまさら言うまでもなく、両方の手のひらを胸あたりの前で合わせることを「合掌」といいます。
合掌はインドの礼法ですが、仏教徒が礼拝の方法として用いたことから仏教の作法となり、日本に伝わりました。
仏教では、右手は仏(ほとけ)の世界、左手は衆生(しゅじょう)の世界をあらわすといわれています。衆生とはすべての生き物をさしています。右手と左手を合わせて合掌することで、仏と衆生が一体になる意味があるのです。
合掌の仕方は、一般には、胸の前で右と左の掌と指をピタリと合わせ、指先が斜め上を向いた形にします。その形にしたら、軽く目を閉じて、頭を30度くらいの角度で下げます。
葬儀のときや法要のときは、手に数珠をかけて何度も「合掌」をします。戸惑わないように、普段からおまいりの習慣をつけておくとよいでしょう。
【3】仏壇のおまいりの仕方
1.一日一回はおまいりを
おまいりは一日何回してもかまいませんが、最低でも一日一回は朝飯前に行いましょう。
朝起きて、顔を洗ったあと、お茶または水、炊きたてのご飯を供えます。
お供えがすんだら、仏壇の前に正座し、ロウソクに火をともし、ロウソクの火で線香をともし、香炉に供えます。リンを2回鳴らして、合掌礼拝します。できれば、宗派のお経を唱えるとよいでしょう。
仏壇の扉は、いつも仏さまに見守っていただけるよう、開けたままにします。ただ部屋の掃除をするときは、仏壇の扉を閉じてほこりを避けた方がよいでしょう。
2.仏壇の中に写真を飾ってもよいですか?
仏壇は本尊と位牌を安置するところです。故人が浄土に生まれかわったからには、故人の象徴の位牌をおまいりするようになります。
写真は見るものであって拝むものではありませんので、故人の写真は仏壇の中に飾らないで別の場所に置いた方がよいでしょう。
どうしても写真の顔を見ておまいりしたい方は、仏壇の奥に入れず、手前や横に置くようにします。
3.家庭に仏壇が二つある場合は?
普通仏壇は一家に一つですが、いろいろな事情で二つある家庭もあります。
たとえば、家族の中に家代々の宗旨とは別の宗旨を信心している人がいるとか、婚家に実家の仏壇を引き取った場合などがそうです。
前者の場合は「信仰の自由」を尊重し、それぞれの部屋に置いておまいりすればよいでしょう。
後者の場合は、そのまま引き継いでいく意思があれば、二つとも続ければよいのですが、引き継ぐ意思のない時や置く場所の都合で困難な時は、奥様の実家の仏壇は整理するようになります。
一人っ子同士の結婚が増えている昨今、家族さえよければ、奥様の実家の位牌を一緒にまつることも問題ありません。
4.家族に不幸が出た時は仏壇の扉は閉めるもの?
家庭に不幸が出た時は、仏壇の扉は閉めるものだという話をときどき耳にしますが、これはおそらく神道からの影響なのでしょう。しかし、仏教では異なります。
神道の世界では、死者はけがれたものという考え方があり、神棚に白い紙を張り、拝礼をしてはいけないとされています。この白い紙は神道で喪が明ける50日祭の後はずされますが、仏教にはもともとそんな考え方はありません。むしろ、そんな時こそ仏壇をおまいりして、仏壇の中の本尊に故人の極楽浄土への導きを願います。
「おまいりの注意点」
毎日、おまいりをするときに、線香やロウソクを使いますので、火には気をつけたいものです。ほんの少しの間だから、と線香やロウソクに火をつけたまま離れないようにしましょう。おまいりを終えたら、火を消してから離れるようにします。
また、仏壇内の照明器具は、おまいりする時だけ点灯するようにします。普段は消しておきましょう。電球を換える時は、照明器具にあった電球に換えるようにしてください。
仏壇の近くに燃えやすいものを置かないことも大切です。また、風のせいで火が燃え移ることもありますので、冷暖房の強い風が直接当たらないようにします。香炉や燭台は膳引きや経机の上に出して使用すると安全です。
本記事は書籍「仏事・仏壇がよくわかる」からの転載です。
著:滝田 雅敏